●サカサクラゲ
エフィラ
プラヌロイド

ストロビレーション(ミズクラゲ)

冬期ミズクラゲ特集第3弾は、ストロビラのお話。クラゲ好きでなくても、一生に一度は実物を見たいもののひとつ、クラゲの誕生の瞬間をご紹介します。

ストロビラ
エフィラ遊離の瞬間。ずっとカメラ構えてて、やっと撮れた1枚。やれやれ。

目次


ストロビレーションってなんだ?

ポリプがストロビラに変化すること。ストロビラ化、というところでしょうか。ストロビライゼーションっていう表記も時々見かけます。今回はストロビレーションで統一することにしましょう。
ストロビラ(strobila)っていうのは、ミズクラゲのポリプがエフィラ、すなわちメデューサとしての第一歩を踏み出す前段階、と申しましょうか。ミズクラゲの場合、普通にポリプを飼育していて、大きく育っても自然にクラゲになることはありません。ポリプが無性的に増えていくだけですね。
いくつかの条件が揃ったときにだけ、クラゲが「出てくる」わけですが、ちょっとこれが複雑怪奇。順をおって見ていくことにいたしましょう。

水温15℃の魔法

ミズクラゲの場合、ストロビレーションを観察するのは、言葉で書くとすごく簡単。水温25℃前後で飼育してるポリプを、15℃以下になるようにして3週間ほどでストロビラ化を開始します。でもやってみると、これが自由自在、というわけにはいかない。いくつかコツはあるようなので、知る限りのことを公開。

まず水温。15℃以下、ということですが、あんまり低すぎてもうまくいかない。冷蔵庫の野菜室なんていうのが7℃くらいなのでよく利用するのですが、変態にはやたら時間がかかっちゃう。10℃から15℃というのが絶妙なところですが、一般家庭で15℃っていうのは作りにくいですね。冬場の暖房がかかっていない部屋にあちこち水温計を持っていって、ちょうどいい場所を探してください。
それから、冷やす前の水温も20℃から25℃ぐらいが適当で、夏場の暑い時期にいきなり冷やしてもうまくいかない。夏はポリプが小さいうちに分裂して数だけ増える傾向があるので、それが関係してるようです。

次に、餌を与えないこと。ポリプ自体は通常の飼育温度でも2ヶ月ぐらいは餌与えなくても生きています。ただ縮んでいくだけ。ストロビラ化温度の15℃以下では縮むスピードも遅いので、餓死しちゃう心配はありません。

もうひとつ、これは経験からなんですが、ある程度の過密度が必要なようなのです。ポリプ1個体を冷やしてもなかなか変態を始めてくれません。小さな容器に10〜20個体くらいを詰め込んだ状態の方が確実のようですね。

まとめると、
  • 15℃以下の水温
  • ある程度の個体数(過密度)
  • ある程度のポリプのサイズ
  • 飢餓状態
つまり、ポリプをちょっといじめる、ポリプとしてこの先やっていくのが危ぶまれるような環境を作り出す、というのが有性生殖(すなわちメデューサ相)に踏み切らせる条件のようです。
実際には、密閉できる小さなガラスビンなどを用意して、その中にポリプを移し、15℃くらいになる暗い場所に置いておくだけ。

ポリプからストロビラへ

ストロビラの最初はポリプの背が高くなったかな、というところから始まります。つぎに上の方(つまり触手があるほう)から等間隔のくびれが生じて、ミミズのような体節を持つようになります。同時に触手は縮んでいって、周りがギザギザのお皿が重なったようなヘンテコな形になっていくのです。
これが下の写真。ポリプとは似ても似つかない形でしょ。

ここまでの変化に、冷やし始めてから早い時でも2週間、長い時で2ヶ月くらいかかります。あんまりゆっくりなんで最初はイライラしますが、変化の兆候が見え始めてくると、こんなにワクワクすることはないですよ。特に、最初のくびれが出来てくるところまでは何かの拍子にポリプに戻っちゃうことがありますから、毎日見てても一喜一憂の繰り返しで、思わず観察にもチカラが入ります。といっても見てるだけで、何もすることないのですけどね。

ストロビラいっぴき=エフィラたくさん

上の写真のあと、1週間ぐらいたったところで下の写真のようになります。かなり赤みが増して、お皿の一枚一枚がはっきりした上、先端(写真では右)のほうが大きく、花が開いたようになってきます。ストロビラという用語はマツカサを意味するギリシア語に由来するそうですが、なるほど、そのようにも見えますね。
ここまでくると、エフィラの誕生まではもうすぐ、先端の数枚は遊離するのが待ちきれないように、ときおりクラゲ的な拍動を繰り返しています。

もうここまで来ると、仕事も家事も手につかない。いつ誕生の瞬間が来るかわかんない。

クラゲの赤ちゃん

エフィラ遊離の瞬間は、あっ、とれちゃった、と思うぐらいにあっけないもので、まるで花びらが散るような感じ。でもこれがミズクラゲのメデューサとしての一生の始まりで、自然ではここから一年ちょっとの長い旅になるのです。
ミズクラゲのエフィラ
これがミズクラゲのエフィラ(ephyra)。だいたい2ミリメートルぐらい。
半透明で褐色のうすっぺらい歯車型で、ミズクラゲ特有の4つの口腕部分はまだ単純な円筒形をしています。
これまたお馴染みのミズクラゲの成体とは似ても似つかないでしょ。そう、生まれたばかりのミズクラゲは、大人のミニチュアなんかじゃなくて、まったく別の形をしてるのです。よくよく見れば、成体のミズクラゲの縁弁器官に歯車の歯の先端の部分の面影がちょっと残ってるかな、というぐらい。成長するとまったく別の生き物、というのはよくあることですが、イモムシがチョウになるように不連続に脱皮や変態によって変わるというのではないのですよ。
ミズクラゲを含む鉢クラゲ鋼の仲間は、たいていこのエフィラの段階を持っています。一方マミズクラゲやコモチカギノテクラゲ、カツオノエボシなどのヒドロ虫鋼やウリクラゲなど有櫛動物門のクシクラゲ達にはこの段階はありません。
1個体のポリプから10匹前後のクラゲになるわけで、こうなってくると個体という概念がだんだんおかしくなってきます。文中でも1匹とか1個体といった用語が混乱ぎみなのにお気づきでしょうか。さらに1個体のポリプ、といってるのは1つの受精卵からはじまって分裂、増殖したうちの1個だから、果たして夏の海で見かけるクラゲというのは1個体なのか、それとも分裂した個体の一部なのか!

このポリプからストロビラへの変態、そしてエフィラの誕生の瞬間なんていうのはポリプから飼育した人だけに観察をゆるされる最高のクライマックスなのです。エフィラについてはこちらのページにて詳しく。

落とし穴

ポリプからストロビラに変態させる場合に、ある程度の過密度が必要らしい、というところがポイント。
同じクラゲでもタコクラゲやサカサクラゲの場合は、1つのポリプから比較的大きなエフィラが1つ出てくるだけです。ところがミズクラゲは、ポリプから複数のエフィラが出るタイプ。飼育下のポリプからは10匹前後というのが普通で、10個のポリプから100匹くらいのエフィラが得られてしまうことになります。小さくて可愛らしいエフィラの100匹は微笑ましいんだけど、育てば傘径20センチを超えることもあるミズクラゲですからね。
たとえ100匹いても、育つ上での歩留まりの問題で、ある程度減るだろう、というのは楽観的(?)すぎます。
確かにものの本には、エフィラ初期の生存率は1割に満たない、なんてことを書いてありましたな。しかしそれは自然の状態での話で、飼育下ではなかなか計算通りにはならないもんです。それに、マーフィーの法則というやつでしょうか、適当に残ってくれればいいや、なんておもって大量に育てたりするとこれが丈夫なもんで、みごとに全部育っちゃう。
かのカレル・チャペックの名著「園芸12ヶ月」にも、似たような話がありましたね。育てきれるほどの花の苗を得る為に撒く種の量の見積りのはなし。でもどんなに発芽率がよかろうが種の数より多くの苗ができちゃう、なんてことはない分だけ園芸家は恵まれてるといえますよ。
だからといって、海に逃がすことだけは止めて頂きたい。これは、野生動物を飼う上での大原則。たとえ日本産のクラゲであってもね。

ミズクラゲの場合は水温が必須なので、他の条件がそろってもポリプのままでいてくれるのはありがたいですね。他のクラゲはもっとあいまいで、何かの拍子にクラゲでちゃう。
気がついたらストロビラ化してたのポリプ容器。エフィラうじゃうじゃ出てた。さらにまだポリプでいるやつ(右側にみえる白いカタマリ)も撮影後次々ストロビラ化しちゃった。

そしてポリプは残る

エフィラを放出しきったあとのストロビラの根元の部分は、ちゃんともう一度触手を再生させて、なにごとも無かったようにポリプとしての生活に戻ります。まるで、花を咲かせた後の植物みたいですね。根っことか球根とかが残っていて、ちゃんとまた来年花が咲くようにね。
クラゲたちの多くには、お馴染みのメデューサ(浮遊生活相)の他にポリプ(固着生活相)という別の顔があることは繰り返しご紹介させていただきました。これを称して真正世代交代(あるいは真正世代交番)などというわけで、教科書にも載るモデル生物として扱われているのです。

でもポリプが大きくなるとメデューサ(クラゲ)になる、というわけではありません。ある程度大きくなると、分裂したり出芽したりして個体数が増えるだけで、依然として同じポリプのままです。それに、ポリプの形がある日、メデューサに「変わる」わけでは無いのです。ポリプはメデューサを「産み出す」のです。無性生殖によって、新しいポリプのかわりにクラゲとして分裂する、ポリプの子供がメデューサである、と解釈するのが一番実状に近いのです。でもこれ、一般的な哺乳類や、せいぜい昆虫くらいまでの生活史が「普通」という常識が頭にこびりついてるせいでなかなか正しく理解するのは難しいですね。

ヒントは「ポリプを楽しむ」のところで出した植物とのアナロジーですが、もちろん植物にも生殖器官(花)が本体から遊離して自活、成長するなんていう種はありません。花が花粉を運ぶ為に遊離する水棲顕花植物はあります、この話はまたいつか。

エフィラのページにつづく


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